男が好きでもおかしくないよ / 映画『海辺のエトランゼ』感想
映画『海辺のエトランゼ』、公開初日に早速観にいってきました。
結論から言うと、すごく良かった。音も画面も物語も美しい映画で、映画館で観る映画はやっぱりいいなと思った。
シーンの改変
映画化にあたって原作者である紀伊カンナ先生本人によるシーンやセリフの変更や増減があったことについては、原作の担当さんのツイートのおかげで観る前から知っていた(それにしても担当さんのこの感想にエトランゼへの愛をひしひし感じてしまい、観る前からもう胸がいっぱいに)。
映画 #海辺のエトランゼ の初号試写を観てきました。「紀伊カンナの漫画が映画になった…」という感慨から泣いて、ストーリーに没入して泣いていた…という。紀伊さんのサイトにも感想があがっています。#海辺のエトランゼ感想 https://t.co/MzImqbazXv pic.twitter.com/dYTrdLfm2s
— 鹿 (@sikadaisuki) 2020年9月3日
とはいえ、完結していない作品を映像化した時によくあるいわゆる"アニオリ"みたいな大きな変更があったわけではない。同じシーンでも漫画になかったカットを差し込んでいたり、映像で語る分セリフを削ったり、その程度だ。その程度なのにその効果は大きく、同性愛者でありながら同性と恋愛することに対する駿の諦めや戸惑い、二人が恋をする喜びみたいなのが原作以上にわかりやすく伝わってきたと思う。原作は割と描写しすぎない・語りすぎない作風で私はそこが結構好きなのだけど、複数の人間が一緒に一つのものを目指すアニメ化という作業にあたって、ひとつの"正解"みたいなものを設けてそこを目指す、というのは必要なことだと思うし、これが今回成功していたのかなと思う。
個人的にグッときたシーンを挙げていく。
「これ あげるよ」
駿が実央にパンをあげるシーンでの光と闇の対比が好きだった。実央は暗い夜空の下にいて、一方駿は外灯に照らされて煌々としている。これまで実央は駿の前に現れた光だとは思っていたけど、実央にとっての駿もまたそうであったんだということに初めて気がついた。駿は母親が亡くなり一人ぽっちだった実央の真っ暗な世界に現れた小さく光る星だった。色付きのアニメだからこそできた演出だと思う。
お母さんの想い出
完全な映画オリジナルだったのは幼少期の実央とお母さんの描写だったと思う。正確にいうと、『海辺の〜』の続編である『春風の〜』に散りばめられている回想を映画に持ってきたというイメージだ。もうここはとにかくかわいい、幼い実央が本当にかわいい。パンフレットを読んでめちゃくちゃ驚いたのだけど、ちびみおを演じたのはなんと子役の子らしい。てっきりテクニックある女性声優が演じているのかと……ちびみおがかわいいが為に何回でも観たい映画というくらいに良いシーンだった。かわいさが印象に残りすぎて今日の昼はかにかまんまを食べた。
回想の挿入で特に印象に残ったのは、駿に怒って去っていった桜子を実央が追いかけるシーンだ。「自分と一緒にいることを言い訳に家族から逃げるな、実家に帰りなよ」と言いつつも本音は実央だって駿と離れたくない。原作では「僕だって……離れたくない」とはっきり独語するところを映画では「僕だって……」とだけ言い母親と海で戯れる回想シーンが続く。「離れたくない」と言葉で言わず画面だけで実央の「本当はもう独りぽっちになるのは嫌だ」と言う気持ちが伝わってきた。
いつか好きになった相手と抱き合えたら
二人が初めて抱き合うシーン、とても美しかった。こんなに尊いセックスがあるのか……と泣けてしまった。
駿は結構腑抜けでダメなやつである。原作でもそう思っていたけれど、映像で見るとその感じがより増していて正直前半は「おい〜〜〜〜〜実央をもっと大事にしたれや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と思ってしまっていたけれど、この点に関しても画面作りの積み重ねや、何よりタイシムラタの演技力のおかげでゲイとして生きてきた駿の辛さが心底わかってしまい、駿の煮え切らない態度も理解できた。そしてクライマックスでのセックスシーン。セックスといえどPG12だしサラッと流されるかと思いきや、しっかり描いてくれた。とはいえいやらしさやエロさに頼らず、表情とあとやっぱり演技力、そして駿の過去シーンの挿入などによって駿が自分には叶わないだろうと思っていた「好きな人と抱き合う」喜びを感じていることがわかった。実央が駿と出会えて、駿が実央と出会えたことが本当に嬉しい(わたしが)。いや本当に美しくて尊いセックスだった。
まだ1回しか見ておらず拾いきれていないが多分こんな些細な改変がたくさんあったのだと思う。些細でともすれば気づかないけれど、それらがじわじわと積み重なって狙ったタイミングで綺麗に弾けていたように思う。本当に見事な映像化だった。
男が好きでもおかしくないよ
BLで時々見る「男だからじゃない、きみだから好きになったんだ」みたいなセリフはゲイという性的指向そのものの否定に思えるから個人的にご法度だと思っている。
本当はBLなんていう括りがなくても性別関係なくこれは愛の話ですと言えるのが理想の世の中だけど、今の時点であらゆる不均衡を無視して「これは普遍的な愛の話で性別など関係ありません」というのはどうしても言い訳じみてしまうんだよ 今はまだこれは同性愛ですと完膚なきまでに言い切ってほしい段階
— しゃお (@_xiaomal) 2020年8月30日
実央は「女の子が好きだよ でも駿を好きになった」と言う。これを初めて見たとき「あ〜〜〜カンナ先生もキャラクターにこれ言わせちゃうのか」と一瞬がっかりした、でも実央は続いてこうも言う。「男が好きでもおかしくないよ」と。これ本当にやられたと思った。この一言があることで駿がゲイであることを否定どころか全肯定する。前述の通り映画で駿のゲイとしての辛さや孤独感をヒリヒリ感じて最後にこれを言われたので、駿がずっと誰かに言って欲しかった言葉を実央がくれたという実感がものすごかった。
カンナ先生も大橋監督も大好きだ……ビッグ感謝……
他にも良きところはたくさんあった。沖縄で収録したというSE、劇伴、力の抜けた明るいED(とてもみおしゅん)、綺麗な風景などなど……
特典欲しさに前売り券2枚買っちゃったし監督と美術監督のトークショー付き上映のチケットも買ってしまったし、春風も作ってほしいという応援の気持ちもあるのでまだ数回見に行けたら良いな。
おすすめいろいろ
以下ただのダイレクトマーケティングです。
初号試写時のカンナ先生のブログ読んで欲しい。
公開初日のカンナ先生コメントも見て欲しい。
【 コメント到着 】
— 映画『海辺のエトランゼ』|絶賛公開中! (@etranger_anime) 2020年9月11日
/#紀伊カンナ 先生より
コメント到着!
\#海辺のエトランゼ
本日公開を記念して
素敵な素敵なコメントを
頂きました😭✨
皆さま、必読です! pic.twitter.com/ITdRTbcHbY
原作も読んで欲しい。
シリーズ続編も読んで欲しい(既刊4巻)。
画集欲しい(買おうか迷い中……)。
紀伊カンナ先生の別作品もかなりおすすめ。BLそうでないのどちらもある。
カンナ先生の作品はとかく「描写しすぎない・語りすぎない」ことが特徴で、わたしはその余白がとても好きだ。
たった500円で生原画がたくさん見られる最高空間があるよ。
この主題歌本当にみおしゅんらしくてとても好きです。
MONO NO AWARE "ゾッコン" Special Teaser 映画『海辺のエトランゼ』ver.
まとめ
原作を幾度となく読み返していても、映画を見て初めて受け取り理解できる彼らの感情が多くて期待を超える秀作だった。自分の原作に対する巨大感情を差し引いても素敵な映画だったと思う。BL好きな人はもちろん、BLに慣れ親しんでいない人にもおすすめしたい作品でした。
最後に我が家にいるかわいいみおしゅん載せておくね。
おわり