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わたしたちは民主主義にどう対峙すべきか/『銀河英雄伝説』感想

※この記事は銀河英雄伝説Die Neue Theseで放送された以降の内容のネタバレを含みますのでご注意ください!ここからネタバレするよ〜〜〜って時はまた言います。

 

銀河英雄伝説 文庫版全10巻を読みきった。

まずは達成感がすごい。こんな長編小説を読みきったのは30年近く生きてきて初めてである。そして本に限らず長年SFを苦手と思い込んで遠ざけていたので、ジャンルとしても触れるのは初めてだった。SFの中でもスペースオペラ(宇宙を舞台とした冒険活劇)に分類されるらしいけどこの辺はよくわからない。スペオペという言葉自体、銀英伝のあとがきで初めて知ったくらいだ。

 

そもそも銀英伝を読み始めたきっかけは2019年に観たアニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』(以下DNT)だった。2018年に1期・邂逅編がテレビ放映されて、2019年に2期・星乱編が3部作として劇場上映された。1期を観ていないくせになぜか2期、しかも気づいたときには1部が終了していたので2部と3部だけを映画館で予習もなしに観た。(本当になんで?多分I氏が好きって言ってたからな気がする……ご存知の通り影響されやすいので……)

予習なしだった上に登場人物が多く入り組んだ物語だったので案の定全く話を理解できなかったくせに、3部の最後でキルヒアイスがなくなったシーンで呆気にとられてしまった。いやあの時の宮野さんと梅原さんの演技は本当に素晴らしかった。

で、気になって原作読むか〜と思ったらめちゃくちゃ長ぇじゃん無理……と一度は諦めた。けどコロナ禍で暇だったことや稀に訪れる読書家への憧れが重なり読むことにした。

形から入りがちなわたしはシリーズものって一気に全部買ってそして大抵はそれが達成されることがなく後悔することが多い。つまりバカ。だけど今回は流石に馴染みのない分野すぎてもう絶対途中で投げ出すじゃろうと1冊ずつ購入した。図書館とか行けばいいんですけどね、買っちゃうんですよ、やっぱりまだバカなので。

 

 

 

結論から言うと買ってよかったです!!!!!!!!!!!(バカ)

 

作中での各登場人物の発言や地の文で数々の心に留めておきたい文章が出てきて、最初は付箋してたけどそれじゃ間に合わん!ともうページを折って読んでいました。今後も折に触れて読み返したいなと思う作品です。何よりこれを読みきった自分が誇らしい。読者家への第1歩を踏み出せた。(4〜5巻あたりは「エ、ここまで読んでもまだ折り返しじゃないの……?」と永遠に終わらないのではと不安になったが6巻以降はかなりスイスイ読めたと思う。多分文体に慣れたから。)

 

 

※以下しっかりネタバレを含むのでDNT以降の内容を知りたくね〜〜〜〜〜って人は読まないでください。

 

英伝、とにかくめちゃくちゃ人が死にまくりでした。モブはもちろんのこと、物語的に、あるいは銀英伝世界の人間関係の序列的に重要な人物たちが容赦なく死ぬ。

DNTでキルヒアイスの死を目撃した時はそれがあまりにも唐突かつ予想外だったので、最初の方はかなりヒヤヒヤしながら読み進めた。でも最後まで読んで振り返ってみると、“予想外の死” みたいなのは案外少なかったように思う。キルヒアイスとヤンくらいだ。

ラインハルトは謎の病(皇帝病)で崩御するが、確か7巻あたりから体調不良を匂わす描写があったし、ロイエンタールの皇帝への叛意も数巻に渡ってじわじわと示されていた。他の多くは戦闘中に亡くなったので、悲しみはあっても驚きはやはり少なかった。

しかしこうして振り返って気づいたがラインハルトは自分にとっての数少ない生きる意味とも言える人物を二人とも予想外の形で失ったんだな……言うまでもなくキルヒアイスは無二の親友でありラインハルトが姉アンネローゼを除いて唯一、元帥や皇帝としてではなく一個人として振舞うことができた相手だった。そのキルヒアイスが亡くなってからはヤンのことを、敵将であり戦う目的でありながら、同時に生きる目的・好敵手として尊重していた。

 

人物の死以外の展開についても、順当に読んで行けば予想外なことというのはそんなに起こらなかったように思う。それはこの物語が未来をさらなる未来から歴史として淡々と振り返っている形式をとっていたからで、我々読者はまるでこれらの出来事が全て実際にあったことのような錯覚に陥るからもしれない。それでも大局的な展開への期待や緊張感はずっと途切れなかったのは田中芳樹の筆力と言えるだろう。

 

腐敗した民主共和制の中で自己矛盾に悩みつつも用兵家としての手腕を発揮するヤン・ウェンリーと、貴族による長年の独裁体制への私怨も混じった憎しみで宇宙を制覇したラインハルト・フォン・ローエングラム。この二人を中心に巡る大きな歴史転換の物語はラインハルトの姉であるアンネローゼがいなければひとつも起こり得なかった。きっとアンネローゼは自分がそういうファム・ファタール的な存在になってしまっていることを自覚し嫌悪していたからこそ、キルヒアイスの死後は弟と頑なに距離をとっていたのだろう。それがどれだけ弟の硝子の心を傷つけると理解していながらも。そして皮肉なことにどれだけ距離をとってもアンネローゼはラインハルトにとって動機と原動力であり続けてしまった。

 

ヤンは作中で何度も民主共和制の意義や価値に言及している。それらはどれも腐敗した政治により形骸化した民主主義国家となってしまった現代日本を生きる自分に深く突き刺さるものがあった。

 

法に従うのは市民として当然のことだ。だが国家がみずからさだめた法に背いて個人の権利を侵そうとしたとき、それに盲従するのは市民としてはむしろ罪悪だ。なぜなら民主国家の市民には、国家のおかす罪や誤謬にたいして異議を申し立て、批判し、抵抗する権利と義務がある

 

これは6巻からの引用だが、ヤンがすごいと思うのは腐敗した政治体制そのものだけでなく、それに相対する市民の在り方にも批判的な視点も持ち得たことだと思う。 

 

加速度的に国家が国民の人権を蹂躙しにかかっているこの国で、どれだけの人がヤンのような視点を持つことができるだろうか。少なくとも私はその態度を忘れないでいたい。

最後に2巻より、一番好きなヤンのセリフを引用しておく。

 

かかっているものはたかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利にくらべれば、たいした価値のあるものじゃない

 

 

銀河英雄伝説 文庫 全10巻 完結セット (創元SF文庫)
 

 おわり